東京地方裁判所 昭和63年(レ)137号 判決 1989年4月14日
主文
一 本件各控訴を棄却する。
二 各控訴費用は、各控訴人の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 昭和六三年(レ)第一三七号事件
1 控訴の趣旨(第一審原告)
一 原判決中、控訴人敗訴の部分を取り消す。
二 控訴人が被控訴人に対し賃貸している別紙物件目録記載の建物の賃料は、昭和六二年五月一日以降一か月金二〇万〇四三七円であることを確認する。
三 訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人の負担とする。
2 控訴の趣旨に対する答弁(第一審被告)
第一審原告の控訴を棄却する。
二 昭和六三年(レ)第一四八号事件
1 控訴の趣旨(第一審被告)
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人の請求を棄却する。
三 訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人の負担とする。
2 控訴の趣旨に対する答弁(第一審原告)
第一審被告の控訴を棄却する。
第二 当事者の主張
一 請求の原因
1 訴外西林長二郎は、訴外鈴木貞吉に対し、昭和九年七月一日、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を賃料を一か月金一五円として期限の定めなく貸し渡した。
その後、本件建物の所有権は相続等を理由に移転し、現在は第一審原告がその所有者である。また、訴外鈴木貞吉も死亡し、第一審被告が賃借人の地位を承継した。
2 第一審原告と第一審被告は、昭和五九年二月六日、「賃料は地代家賃統制令(以下「統制令」という。)により制限される賃料の最高額とする」旨の合意(以下「本件合意」という。)をした。
3 昭和六一年四月一日以降の賃料は一か月二万八二六四円であったが、第一審原告は第一審被告に対し、同六二年四月七日到達の書面をもって、本件建物の賃料を同年五月一日以降一か月二〇万一〇〇〇円に増額する旨の意思表示をした。
4 統制令は昭和六一年一二月三一日をもって廃止され、本件合意の前提が失われたので、以後本件建物の賃料は世間一般の例に従った適正額に変更されるべきものであるところ、同六一年五月一日以降の賃料は一か月二〇万〇四三七円をもって相当とする。
5 よって、第一審原告は第一審被告に対し、本件建物についての賃料が昭和六二年五月一日以降一か月金二〇万〇四三七円であることの確認を求める。
二 請求の原因に対する認否及び被告の反論
請求原因1乃至3の事実及び同4の事実中、統制令が同日時に廃止されたことは認め、その余は否認する。
請求原因2記載の本件合意は、本件賃貸借が極めて長期間にわたっており、建物の修繕や維持のための費用を第一審被告が負担してきたという事情をふまえて成立したものであるから、前記統制令の失効後もこれに準じた賃料額をもって適正賃料とされるべきである。
また、本件賃貸借契約の当初の賃料額は世間の相場によるものであったにもかかわらず、本件合意成立のころから建物の修繕費等を第一審被告が全面的に負担してきたのであり、右の事情は賃料額決定に際し、考慮されなければならない。
第三 証拠<省略>
理由
一1 請求原因1乃至3は、当事者間に争いはない。
そこで、本件建物の適正賃料について検討する。
まず、第一審被告は、本件合意はその成立した事情からすれば統制令廃止後も当然効力を失うわけではなく、右廃止後の相当賃料額は統制令で定められた賃料額に準じた額である旨主張するが、証人の証言によれば、本件建物の賃料を統制令の最高額としたのは、昭和四八年ころ、第一審被告が第一審原告から賃料増額請求を受けた際、その根拠たる税金額の値上げにつき同証人に調査を依頼したところ、偶然本件建物に統制令の適用があることが判明したので、これに基づき第一審原告と交渉を重ねた結果合意をみたためであって、それまでは世間の相場による賃料額としていたこと、第一審被告は統制令廃止後、第一審原告の賃料増額請求に対し、それまでの賃料額の倍くらいの額であれば払う意思がある旨伝えていることが認められる。
右の事実によれば、本件合意は、当事者が本件賃貸借契約の継続性や第一審原告の必要費負担などの事情を考慮して積極的に統制令の適用を肯定したうえ賃料額を定めたものではないこと、また、第一審被告において必ずしも統制令廃止後においても統制令適用時の賃料に準ずる額が適正賃料であり、これをもって契約賃料とするとの認識ではなかったことが認められ、結局、右の主張は理由がないに帰する(証人の証言中右認定に反する部分は採用しない。)。
2 <証拠>においては、昭和六二年三月一五日における本件建物の賃料につき、一か月当たり、積算賃料は二九万五一二四円、比準賃料は二〇万三〇〇〇円、固定資産評価額に基づく賃料(統制令に準じた方式によって求めた賃料)は五万二一四四円、相続税路線価に基づく賃料(相続税路線価を基準にして右統制令に準じた方式によって求めた賃料)は一〇万三一八九円であるとされる。
ところで、積算賃料は、今日のように地価の騰勢が著しいときには高額に算定されることとなり、ことに右鑑定書のように従前の手法によって期待利回りを年五パーセントとすることは妥当とはいいがたいので、右の積算賃料は本件の賃料の算定においてはそのまま採用することはできない。また、一般に比準賃料を算出するにあたっては、鑑定の対象物件と類似の物件を抽出して比較対照するのが肝要であって、仮にこれが不可能であるならば対象との違いを修正考慮したうえで賃料額を算出しなければならないところ、<証拠>における比準賃料はこの点の考慮に欠けており、その結論として採られている類似例は、昭和五八年新築にかかる建物の賃貸例であって、事情補正等を加味しても到底採用の限りではない。そうすると、本件においては、固定資産評価額に基づく賃料と相続税路線価に基づく賃料とを総合考慮して適正賃料を算定すべきことになる。ただ、この場合、本件は継続賃料としての適正な額を求めるものであるから、従前の賃料額からみてあまりにも急激な増額は賃借人に酷であり、この点において激変緩和につき特段の配慮をしなければならない。
そこで、<証拠>を総合すれば、本件建物は、昭和九年以前に建築されたもので老朽化の著しいものと認められること、前記当事者間に争いのない事実から明らかなとおり、本件賃貸借契約が五〇年以上の長期間にわたり継続されてきたものであること及びこのことから激変緩和の配慮をすべきこと等一切の事情を総合考慮するならば、統制令廃止後間もない昭和六二年五月一日における本件建物の賃料は、固定資産評価額に基づく賃料と相続税路線価格に基づく賃料との中間値に近く、従前の賃料額の約二・五倍にあたる一か月七万円とするのが相当であり、これと結論を同じくする原審の判断は相当である。
二 よって、第一審原告の第一審被告に対する本件控訴及び第一審被告の第一審原告に対する本件控訴はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 久保内卓亞 裁判官 菊池 徹 裁判官 齋藤繁道)